第八日目 1月27日(日):その3
エジプトでの観光最終日:その1
(観光に出発)
さて、エジプト最後の観光の日。 長いツアーもあっと言う間って言う感じだね。 でもまだ終わった訳じゃない。
ホテルのロビーで時間を潰していた我らは、7時45分になると、いよいよエジプト最後の日の観光に出発したんだ。
ヒルトンホテル前からバスに乗り込むと、雨はまだ降り続いていたんだ。
ホテルの周辺はカイロの新市街中心部と言うことで、たくさんの人が町に溢れていたんだ。
彼らは出勤のためにバスを待っているのか、職場に向かう車を探しているのか、一体何をしているんだか、とにかく町に溢れていたんだ。
新市街にあるラムセスヒルトンホテルから東の方に向かうと、その辺りは
「イスラーム地区」と言われていて、この地区の
イスラーム建築群も世界遺産に登録されていると言うことなんだ。
そして、その数も600以上にものぼると言うことなんだ。
その中で我らが向かったのが「モハメドアリモスク」で、ガイドブックに「ガーマ・ムハンマド・アリ」と表記されている建物だったんだ。
(ガーマ・ムハンマド・アリ)
ホテルを出て20分ほどバスは走ると、雨は小降りになってきてほとんど止んできたようなんだけど、靄に包まれて周辺に建っている建物が鮮明に見えない中でモハメッドアリモスクに着いたんだ。
*ガーマ・ムハンマド・アリ:オスマン朝はかつて強大な勢力を誇っていたが、その支配下にあったアラブ諸国のなかでも一番早く近代化の基礎を築いたのが、ムハンマド・アリである。 1857年に完成したこのガーマ・ムハンマド・アリは、イスタンブールのガーマを真似て造った。そのため、いくつもの巨大なドームと鉛筆形の2本の高いミナレットを持つ。これはエジプトのほかのガーマにはほとんど見られない特徴だ。(「地球の歩き方」より)
そう言われると、正面から見るこのモスクの姿は、
イスタンブールのブルーモスクによく似ているんだよね。
そして中に入ると、普段は消えていると言うランプやシャンデリアが点いていてとても綺麗だったんだ。
中でひと通りガイドさんから説明を受けると、その後少しの時間写真撮影タイムとなったんだ。
そこで内部の写真を撮っていると、始めは我らしかいなかったのに、次から次へといろんな国の団体客が入って来たんだ。
そして床の上に座り込んでガイドさんの説明を聞き始めていたんだ。
そんな時、我らのガイドさんが床の上に座り込んで
「イスラムのお祈りはこうやってするのです」と言って、普段お祈りをする時のポーズをとってくれて、更にお祈りの言葉を発し始めたんだ。
む~~、、、これが本場のイスラムのお祈りなんだぁ~っと思ったんだ。 さすが、って感じだね。
この後一度外に出て、隣接する別棟の建物に案内してくれたんだ。
そこは
「ゴハラ宮殿」と言う建物で、普段は見学させてくれない場所のようだったんだ。
しかし残念ながらガイドさんの説明も聞き逃し、写真も撮影が出来ない場所だったんで、詳しいことは覚えていないんだよね。 残念。
(待ちに待った・・・)
と言うことで、9時半には再びバスに乗って、そこからそんなに離れていない
「ハーン・ハリーリ」に向かったんだ。
「ハーン・ハリーリ」は、カイロにやってきた観光客のほとんどの人が立ち寄るショッピングストリートで、トルコで言う
バザール、アラブで言う
スークって言う、いわゆる
「市場」と言う感じかな。
我らのツアーの女性客のほとんどの人達は、この瞬間を楽しみに待っていたようなんだ。
朝靄がまだ立ち込める中を約10分ほどバスを移動して、そしてバスを降りたところは
アズハル通りと言われる大通りの傍だったか、広い通りのところだったんだ。
そこでバスを降りて目指す土産物店通りに向かうと、その入口から入って左手2軒目の店を集合場所として、一同解散となったんだ。
それからフリータイムとして、皆さん散らばって行ったんだ。
皆さんと同じく、その先の細い土産物店通り(
ムスキ通りと言うらしい)を歩いて行くと、まだ時間が早いのか、シャッターが閉まっている店が多かったんだ。
それで、そんな通りをその先まで歩いて行くと、そのうちに突き当り右折してからすぐに左折をすると、その先で別の通りに出てしまったんだ。
その通りは
「ムイッズ通り」と言うらしかったんだけど、それでしょうがないんで、ムイッズ通りを左手に歩いてぐるっと周る形でアズハル通りに戻ることにしたんだ。
すると、アズハル通りに出たところで、道路の反対側に立派なモスクが建っていたんだ。
それで、まだほとんど空いていないムスキ通りに戻ってもしょうがないと思って、目の前のモスクを見てみようと思ったんだ。